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『歌碑建立のごあいさつ』( 「記紀万葉歌碑はがき」発行に際する序文より)

古代は私どもにとってすでに遺産ではなく、それは源泉であり母胎であります。遠い祖先の想念は、私どもの情感の酵母であり、杳(はる)かに響く記紀や万葉の歌ごえは、私どもの町にとって、文学ではなく土壌であります。
私どもの風土に伝わるそれらの歌から五十数首を選んで石に刻みました。
碑は、私どもの去った後も、路傍叢裡に、樹間幽暗のあたりに、凝然と佇(た)ちつづけることでありましょう。
よく歳月の雨露に耐えると致しましても、それとても、いつかは永劫の時空の中で刻々とほろびの相を呈するとは思いますが…どれだけの人々にその想いを語り得るでしょうか。
『観桜』という言葉がごぎいます。豊かで美しい想いが致します。けれども、梅の場合には、『探梅』というのがふさわしいこととされております。味わい深い言葉だと思います。
当市の記紀万葉歌碑につきましても、やはり『探碑』とでも申しましょうか…そんな在り方がのぞましいことだと考えております。
建碑の場所が大和青垣国定公園や風致地区の地域内にあるという制約のことは別と致しましても、ご揮毫項きました諸先生方のご高名に比して、碑材が小さきに過ぎるようではありますが、「歌碑必ずしも大なるをよしとせず」、これは諸先生方のご深切なるご意向であり、当市の素志でもごぎいました。
碑大ならずとも、歌を得、処を得、人を得て、もって私どもの祖先のこころを後世に伝えたい存念でございます。樹かげ草むらにさりげなく、野仏のようにひっそりと…うっかりすれば見落とすかも知れぬほどに…と心がけました。その辺のところ、ご賢察を。 桜井市長
※ホームページ掲載の画像は「記紀万葉歌碑はがき」等を利用しています。
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